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「かまぶろ」
古来の方法によると、内部が三畳敷き程度で入り口一箇所のかまを作り、石を入れて青葉や松葉を燃やしてかまを熱して火を引き、塩水をかけた筵(むしろ)を敷いて蒸発させ蒸し風呂とします。写真の「かまぶろ」は、保存用として復元されたものであり、入ることは出来ませんが、近くには実際に使用することの出来る「かまぶろ」がございます。
京都バス「ふるさと前」バス停を南へ150メートルほど歩いて「窯風呂橋」を渡って右側。 |
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「八瀬天満宮」(やせてんまんぐう)
京都バス「ふるさと前」バス停を南へ歩いてすぐ、大きな鳥居が目印。八瀬の土産神で村社の八瀬八幡宮です。村の言い伝えによると、菅原道真公が幼年のとき、叡山の尊意僧正に従学し文書を学んだ。その後、村人が公の威徳に感じ社を建てて、これを祭ったのが起こりです。境内には道真公が比叡山にのぼる際、休息するときに腰掛けたと言い伝えられる、「菅公腰掛石(かんこうこしかけいし)」というのがある。 |
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「秋元神社」(あきもとじんじゃ) 八瀬天満宮の境内にある神社です。宝永年間に徳川幕府の老中であった秋元但馬守喬知を祭る。喬知は当時比叡山と八瀬との境界争いを村民側に立って解決。この報恩のため没後、村民が喬知の霊を祭ったのが起こりです。
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「碊の観音」(かけのかんのん) 真言宗泉涌寺派の寺院、真山碊観音寺の境内にある。絶壁の上に立つ自然石に線彫りした観音様で、平治の乱に敗れた源義朝が逃げようとして山門の僧徒に襲われ、危機脱出を願って一心に矢尻で刻んだという。 |
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「駒飛び石」(こまとびいし)
磯の観音前の八瀬川の東岸にある巨岩は、平治の乱において源義朝が馬上のまま飛び越えたという伝説があり「義朝駒飛び石」という。
碊観音寺から国道367号線を北に50メートル、旧国道側から川を望みバイパス道路の真下にあります。 |
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「斎藤実盛甲が淵」(さいとうさねもりかぶとがふち) 義朝の敗北により、家来で武蔵の人斎藤実盛ほかの主従32騎が、山伏の襲撃に淵を飛びわたって逃げたという。その淵を甲が淵と言い、駒とび石の上流にあります。
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